1981年に最初のエイズ患者が発見され、1983年に、ヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)がその原因ウイルスと判明して以来、ウイルス、病態、免疫その他あらゆる面から基礎的な研究がなされ、HIV-1の増殖を抑制する薬剤の開発と、感染を防ぐためのワクチンの開発が世界中で精力的に行われて来ました。薬剤とワクチン開発に絞って、その流れを追ってみましょう。

 まず、薬剤についてですが、HIV-1の分離同定から間もなく、その遺伝子の解析が行われ、このウイルスはRNA遺伝子を持ち、人に感染した時に、RNAからDNAへの逆転写という過程を経て、人の遺伝子の中に入り込む、レトロウイルスに属することが判りました。この逆転写の過程に働く酵素はウイルス自身が持っているもので、この酵素を阻害する薬剤の開発が比較的早期に成功しました。それが1987年から治療に用いられているzidovudineという薬です。この薬の単独投与で、母子間の感染率を減少させられることなどが判り、治療面で大きな貢献をして来ましたが、ウイルスの変異(進化)のスピードがこれまでに存在したウイルスのどれよりも速く、治療をすすめていく間に、どんどん変異型ウイルスが患者の体内で出現してくることが判りました。これを解決すべく新たな薬剤の開発研究が行われ、そしてできたのが種々のプロテアーゼ阻害薬(1995年より)です。HIV-1が体内で新たなウイルスを産生する時に働くプロテアーゼ(蛋白質分解酵素)を阻害し、zidovudineなどの逆転写酵素阻害薬と併用することにより、治療効果が飛躍的に向上しました。この発見を機に、多剤併用療法が確立され、先進諸国では現在もこの治療法が基本となっています。これによりエイズウイルスの増殖が極めて効果的に抑えられ、死に至るケースは激減しました。ただ、この治療法によっても、完全に治癒できるわけではなく、患者は副作用に耐えつつ、高価な薬を一生飲み続けることになります。

 次に、ワクチン開発についてですが、HIV-1の変異しやすさがエイズワクチン開発を大変困難なものにしています。ある株をもとにワクチンを作製しても他の株には効果がないということが起こるからです。

研究開始から20年を経過した現在でも世に出たワクチンはありません。通常、感染症予防ワクチンには病原菌やウイルスを弱毒化したものが使われますが、HIV-1の場合遺伝子変異が容易に起こり、強毒化するおそれがあるために安全性の観点から使用できません。そこで様々な方法が試行されてきました。まず1990年に報告された、HIV-1表面抗原gp120ワクチンがチンパンジーでのHIV感染を防御するという結果をもとに長期にわたって臨床試験が行われ、初めて有効性を確認するための第3相試験に進みましたが、昨年、全く防御効果がないことが判明しました。このワクチンは主にウイルスに対する抗体を体内で産生させ、抗原抗体反応により侵入したウイルスを中和してしまおうというコンセプトでしたが、その抗体のみではチンパンジーで均一なウイルスの感染は防御できても、実際に人の感染は防げないことがはっきりしました。

 一方、抗体産生とは異なり、細胞性免疫(主にキラーT細胞)の誘導を目指したワクチン開発も精力的に行われて来ました。キラーT細胞は、ウイルスを直接中和することはできませんが、ウイルスに感染した細胞を殺して排除することにより、体内でのウイルス増殖を抑えます。抗体は変異の多い表面抗原に対してのみ誘導されますが、キラーT細胞は比較的変異の少ないGagというウイルス殻を形成する蛋白質に対しても誘導されることから、キラーT細胞を有効に誘導できるワクチンベクター(運び屋)にGag遺伝子を組み込み、様々な変異株に対応できるワクチンの開発を目指した研究が行われてきました。1993年に初めてDNAワクチンの報告がなされて以来、多くのグループがキラーT細胞誘導ワクチンのベクターとしてDNAワクチンを用いていますが、1998年にワクシニアなどのウイルスベクターとの組み合わせによるprime-boost法により、非常に強いキラーT細胞が誘導されることが示され、さらに2000年に、サルでの実験感染系で、SHIVというサルに感染できるHIV-1に似たウイルスの感染を防御できることが明らかとなりました。現在、このタイプの候補ワクチンが世界の主流となっており、各地で臨床試験が行われている所です。

年表(青字はワクチン関係の事項)
1981年 最初のエイズ患者発見
1983年 HIV-1の分離同定
1984年 CD4レセプターの同定
1987年 初の抗エイズ薬zidovudine(逆転写酵素阻害薬)の使用開始
1990年 HIV-1表面抗原gp120ワクチンがチンパンジーでのHIV感染を防御
1993年 DNAワクチン法の開発
1995年 プロテアーゼ阻害薬の開発
1995-97年 多剤併用療法(HAART)の開始
1996年 ケモカインレセプターのHIV coreceptorとしての同定
1998年 DNAワクチンとウイルスベクターのprime-boost法の開発
2000年 キラーT細胞指向性ワクチンによるサルでのSHIV感染防御
2003年 最初の第三相臨床試験(gp120ワクチン)の失敗